日記 2019/03/11

今日は東日本大震災から8年目の節目である。テレビでは、盛んに東日本大震災の特集をやっていた。被害に合われた方に心からお見舞い申し上げるとともに被災地の復興を祈っている。

今日は、9時ごろに起きた。本来であれば11時から某社の面接だったのだが、正直行きたくないし、興味のない企業だったので、「3月13日から出張に行くので」と言い訳して欠席した。今後、なにか連絡が来ても無視するつもりでいる。

12日に後期日程のため大学入構禁止措置が取られるのを知ったのは12時ごろで、また今日も17時にはキャンパス内から全員退出しなければいけなかったので、14時ごろには大学に向かった。

大学に着いたのは15時ごろであり、いざ大学院入試手続書類を出そうと思うと、「14日の手続き日以外は受け付けておりません」と言われ却下された。じゃあ、14日に出張とかで東京にいない人はどうするんだ?ということだが、親や友達に委任しろということらしい。無責任なことを言わないでほしい。

私は3月13日から3月16日まで福岡まで出張するので、仕方なく大学院入試手続書類は親に委任することにし、18:30ごろに帰宅した。

ちなみに夕飯は麻婆豆腐だった。

研究のことと就活のこと

就活全落ちしました。反省文としてここに書きたいと思います。

経緯

まずは研究のことについて話します。

私は昨年の4月に研究室に配属されました。今思い返してみれば、ほかの人よりは早いスピードで研究の準備を進めていっていました。 5月頃には研究の具体的な流れが完成していました。私は議論掲示板における理性的な書き込み・感情的な書き込みを判別し、感情的な書き込みを適切に排除するという研究をしていたのですが、それが7月頃にはすでに完成していました。

研究結果としてはそれなりに出来がよく、指導教員からは研究の内容について褒められ、トップカンファレンスであるEMNLPのワークショップであるWASSAへの投稿を勧められ、果てはQ1ジャーナルの投稿も勧められました(今思い返してみれば、Q1ジャーナルの投稿は絶対通らないのでありえないと思いましたが)。

しかしながら、7月中旬か下旬ごろに事件が起こります。先輩から、分析に用いてたアノテーションデータのκ一致度が著しく低いことを指摘されました。わからない人に説明すると、κ一致度とは、複数のアノテータで判定が一致しているかを示す指標であり、この値が低いと、複数のアノテータ間で判定が一致しません。つまり、κ一致度の低いアノテーションデータで分析を行なっても、その結果には何の意味もありません。

このような経緯から、私は8月頃に研究テーマを変更するため文献を洗いざらい読み漁りました。8月になって研究テーマを探し出すのは私の研究室では一般的に遅く、私は焦っていました。そして、最終的には感情分析の研究で用いていた論文に書かれていた手法の一つであるテキスト含意認識 (Textual Entailment) を研究することになりました。

しかしながらテキスト含意認識に興味はそれほどなく、私としては不本意な研究テーマでした。ですが、8月になって未だに研究に着手できていないことを鑑みると、それしか選択肢がありませんでした。私は不眠不休で必死になって手法を実装し、手法は1週間ほどで実装完了しました。そこからいくつかの手を加え、11月頃にすべての実験が終わり、12月から卒論執筆をしていました。

楽しくない。これはやりたい研究ではない。この気持ちが徐々に私の心に積もっていきました。指導教員ともいくつか面談を重ねましたが私の研究テーマに不満そうであり、指導教員にも否定されたのかと思い込み鬱になりながらも卒論執筆を勧めました。

この頃が最もメンタル的に弱く、通院しながら大量の向精神薬を飲み、自殺未遂までして指導教員から親に電話がかかってきたこともあります。ですが私はやらなければいけないと思い必死で卒業論文を完成させました。自分語りになりますが、10月に彼女ができたので、その支えもあったと思います。帰宅してからはアルコールを浴びるほど飲み、タバコを1日2箱ほど消費することでなんとか精神を保っていました。アルコールの購入費用で貯金がなくなりそうになったこともありました。

1月になってなんとか卒業論文が完成し、2月に卒業論文審査会があり、なんとか合格はして卒業は確定しました。

このような事象が積もり積もって、2月下旬になり、燃え尽き症候群というのでしょうか、もう限界だと思い、大学をやめることを考え出しました。しかしながら、大学をやめてどうするのか。ということを考え出し、しばらくは悩んでいました。そのタイミングで、某大手IT企業(以下、A社と呼びます)の社員の方とお話する機会があり、そこで私は、大学をやめて就職したいということを話しました。社員の方は、自分としては大歓迎であり、人事に掛け合ってみると話されていました。私はここでしめたなと思い、そこからはずっと就職のことについて考えていました。

就活の結果

そもそも2月になって就職するのは常識的に考えてあり得ないことであり、当然ですが、2月に新卒採用を受け入れている企業はほとんどありませんでした。唯一受け入れてくれたのは、A社と、Wantedly経由で19卒の新卒採用の募集をかけていたB社です。また通年採用を行なっている企業もありましたが、こちらについては就活全落ちが判明するまでエントリーシートを書いていなかったので、応募していません。したがって、選考に応募したのは2社ということになります。なお、ベンチャー企業にありがちですが、カジュアル面談といい、会社や自分のことを選考関係なく話す場があり、こちらについてはC社、D社、E社、F社の4つがありました。

以下、各企業に分けて就活の様子と結果についてお話します。

A社

A社は六本木にあります。多数のサービスを展開している企業であり、売上高は2000億円ほどある大企業です。

A社は一次面接と最終面接の2つの面接がありました。一次面接はエンジニアと人事との面接、最終面接はCTO(最高技術責任者・取締役)との面接です。一次面接では、私自身が今までやってきたこと、成果、プロダクト、アルバイトや研究のことなどについてざっくばらんに話しました。

一次面接は通過し、最終面接に望みました。最終面接ではCTOになるべくいい印象を残すために、企業研究などを行い、事業についての逆質問などを行なっていました。CTOは、フウさんとA社には共通点が多く、マッチしているのではというご意見をいただきました。そこで私は舞い上がり、やったぞ、受かるなこれはと思っていました。

しかしながら、3月11日19:00頃に不合格通知がメールで来ました。おしまい。

実家から片道15分ほどで行けるので交通という面ではパスでした。

B社

B社は目黒にあります。Webサービスを展開している企業です。

B社は一次面接、二次面接、最終面接の3つの面接がありました。先に言うと私は一次面接で落ちたので二次面接、最終面接のことはわかりませんが、選考としては、一次面接がエンジニア、二次面接がエンジニアリーダー、最終面接が社長とのことです。

一次面接では、A社と同じように私自身が今までやってきたこと、成果、プロダクト、アルバイトや研究のことなどについて話しました。

結果、落ちました。

実家から片道5分ほどで行けるのでそういう面では第一志望ではありました。

C社

C社は浜松町にある小さな会社で、とある企業の子会社であるそうです。もともとアルバイトとして応募したのですが、一転して正社員雇用を希望していました。

ビルは大きかったのですが、オフィスが小さすぎて窮屈だなと思いました。私は会社を選ぶ上で、その会社の大小、社会的信用、オフィスの大きさ、喫煙所の有無などを精査するのですが(もちろん他にもあります)、会社は小さい、社会的信用はまだ厚くない、オフィスが小さい、喫煙所がないと、私にはマッチしないと思ったので選考には応募しませんでした。

その後C社から連絡催促のメールがきましたが、無視しています。

D社

D社は特殊な場所にあるので場所を言うと特定されるため言いませんが、某超大企業のエンジニアリング部門の会社です。社長がかなり有名です。

こちらについてはA社やB社と同じように自分のことについて話し、エンジニアから会社のことについて話され、といった感じでした。良ければ中途で採用に応募してくれと言われました。

しかしながら、エンジニアのやる気がなかったのと、社長の方針でプロダクトが激しく左右される、社長の言いなりになって開発をするなどということを本気で言われ、この企業では自由に開発はできなさそうだなと思い、応募はしませんでした。実家から片道1時間30分かかるのもネックでした(ほとんどの社員が一人暮らししているようですが・家賃補助が5万出るそうです)。

E社

E社は六本木にあります。テレビを見ている人でE社のCMを見たことがない人はいないと思います。かなり有名なサービスを展開しています。

こちらは、もともとAI研究開発の業務委託として申し込んだのですが、C社と同じように正社員雇用を希望しました。

しかしながらなかなか連絡が遅く、正社員雇用についての連絡が来ないので無しにしました。オフィスの印象はかなり良かったです。

A社と同じビルにあり、実家から片道15分ほどで行けるので交通の便は良かったです。

F社

F社は田町にあります。こちらも有名なサービスを展開している企業です。利用している人も多いのではないでしょうか。

こちらもカジュアル面談だけしていました。オフィス見学もしてもらえました。

ここは会社自体の印象は悪くなかったのですが、単純に私が中途採用の申し込みを忘れていただけです。

落ちた原因

落ちた原因は私自身のスキル不足が最も多くの要因を占めていると思われますが、その一方で、2月に就活を始めた理由をうまく説明できなかったのがあります。

一般的に就活は入社日の前々年度の3月頃から解禁されるものですが、私はそのレールには乗らず、2月下旬という相当に遅い時期に就活をはじめました。この点については2社から激しく突っ込まれました。その理由をうまく説明できず、落ちたのだと私は分析しています。

研究(室)のこと

閑話休題、先程も話しましたが研究と研究室のことについて話します。

私は希望の研究をすることができませんでした。それが要因となり精神を病み、就活という結果に至りました。

就活全落ちした今、大学院に入学という選択肢しかありません。卒業は確定しているので、あとは大学院入学手続書類を出せば入学が確定します。ですから、私は同じ大学の大学院に入学し、同じ研究室で研究を続けます。

しかしながら、研究テーマは絶対に変えようと思っています。このままテキスト含意認識の研究を進めていたら治りかけの精神疾患もまた悪化することが目に見えています。指導教員と相談して研究テーマは変えてもらおうと思います。幸い私の研究室はそれなりに研究テーマがあり、そのどれもが新規性に満ち溢れたものなので、研究テーマさえ変えれば楽しく研究ができると考えています。

研究室自体の不満もあります。こちらがメインです。まず1つ目に、私の研究室は指導教員に対して人が多すぎます。来年度の体制としては、研究員が1人、博士後期課程が1人、博士前期課程2年が5人、博士前期課程1年が6人、学部生が5人、研究生が1人です。合計で19人もいます。指導教員は33歳(だったっけ?)の准教授であり、更に教育委員も兼任しています。それはそれは忙しいようです。そのため、すべての学生に手が回らないという事態は頻発しており、その分指導も色薄くなっているように見受けられます。来年度から特任教員を1人雇うようですが、果たしてそれで問題点が解消されるのかはわかりません。

2つ目に入る前に、このパラグラフは非常に口が悪いので、そういったものを読むのが嫌な人は飛ばしてください。2つ目は、留学生のレベルが低いということです。私の研究室には博士後期課程の留学生(バングラデシュ人)と研究生の留学生(中国人)の2人がいます。研究生は、昨年の4月頃に配属され、博士後期課程の学生は、10月頃に配属されました。そしてその両方、配属されてからまともに研究している様子を見たことがありません。何のためにわざわざ日本の大学まで来たのか疑問に思います。研究生については、だいたい朝から晩まで研究室に居るのですが、1日中ビリビリ動画でアニメを見ており、しかもそれを隠そうとしないので閉口します。研究生の立場なら配属されてから院試の勉強をし、来年度から大学院に入学し、研究室の一員として研究に望むのが普通だと思うのですが、何があったのでしょうか。私の勝手な推測というか思い込みですが、院試に落ちたんじゃないかと思います。また、博士後期課程の学生も同様であり、朝から晩まで研究室にいます。土日祝も来ているという噂もあります。それは結構なことですが、研究室に来て何をしているのかといいますと、ずっとYoutubeを見ています。そしてたまに見ながらいきなり笑い出すので、正直怖いです。研究の相談をしている(私からすると)先輩が来ると、突然Youtubeを見るのをやめ、論文を開き、さも研究しているかのように装っているという噂もあります(見たことはありませんが)。この2人と同じ居室に私の机があるので、正直しんどいですし、そのような人たちが同じ部屋にいることでモチベが下がります。極めつけに、これは先輩が言っていたことですが、博士後期課程の学生が本国にいた頃出していた論文が、ハゲタカジャーナルだったそうです。正直あり得ないと思います。このような人たちを受け入れた指導教員の責任が問われると思います。

研究室の名誉のために言っておくと、私の研究室は非常にホワイトな環境にあり、アカハラとは無縁、コアタイムなし、ゼミさえ出席すればいつ来てもいいというような感じです。また、他の日本人の同期や先輩は非常に優秀であり、頼りがいのある人達で助かっています。また、指導教員も業績は非常に優秀であり、また人間的にも優れている人で、かねてより尊敬しています。

ほかは、研究室に全く来ずバイトばかりして、机の上が凄惨たることになっている先輩もいるのですが、これについては当人がこの投稿を見ているかもしれないことを鑑みて、ここでは言及を避けます。

まとめると、これ以上人を増やさないでほしい、留学生を受け入れてしまったことは仕方ないので別の居室にしてほしい、留学生に叱って欲しいということです。

研究室に残ることでメリットもあります。今も昔も、自由に、何のしがらみもなく研究という活動ができる場は大学だけです。企業立研究所に行けば、研究内容がその企業の方針に左右されますし、そういったことなく自分のやりたいことをできるのは大学だけだと思います。また、私は旅行が好きなので、成果を出せば世界中どこでも学会発表という体で旅行ができるというメリットがあります。こういったことを享受できることは最大のメリットであると考えています。また、大学には就職にあたり推薦という制度があるので、業績をそれなりに出していれば希望する企業に推薦で入れるというメリットがあります。

まとめ

だらだらと書き連ねましたが、就活の結果と、研究室について書きました。

アドバイスするとすれば、2月下旬に就活を始めてもまともな企業には就職できないので、研究が嫌だと思っても衝動的に就活という道を選ぶのはやめた方がいいでしょう。研究テーマを変えるなりすればいいと思います。レールに乗るのが一番です。

就活が終わった今、私は大学院で黙々と研究することになります。研究テーマを変え、また新たに楽しい研究生活が始まればいいなと思います。就活のことはしばらく忘れます。

最後までお読みいただきありがとうございました。以上です。

日記 2018/05/09

今日は8時頃に起きた.

ゼミがあるので10:30に大学に向かった.ゼミは長く,1時間半ほど続いた.ひたすらつらかった.

その後,研究室で寝て,少しだけ進捗を出したあと,帰宅した.

秋田から叔父さんが来ていたので,今日は豪勢な夕飯だった.ローストビーフやグラタンなどを食べた.

その後は寝落ちした.

日記 2018/05/08

今日は10時半頃に起きた.

病院の診察が12時に入っていたのだが,行くのが面倒だったので13時に延期した.

診察したところ,レキサルティという新薬を出された.調べてみれば,これは先月に発売されたばかりの超・新薬であり,エビリファイと似たような作用を発揮するらしい.期待である.

その後は何もしていない.今に至る.

日記 2018/05/07

今日は8:30頃に起きた.

微妙な時間に起きてしまったので,大学に行くことにした.気分的にスーツで行った.

まず最初に,院試免除の面接があったため,それに参加した.相槌を打っていれば終わった.1分もなかったと思う.

次に,文献講読という,論文を読んで皆に発表するという授業があったため,発表を行なった.スライドは30枚ほど作り,練習したら20分のところを13分で終わってしまったので心配だったが,本番では19分まで伸ばすことができた.

最後に,アクアパーク品川という水族館に友人と行った.魚やペンギン・クラゲ・カワウソなどの生き物がおり,どれもみんなかわいくて楽しかった.

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その後,品川プリンスホテルの下にあるレストランで夕飯を食べた.

日記 2018/05/05

今日は9:30頃に起きた.

温泉に行く予定があったので,熊谷に向かった.

最初は環七を走り,関越道で三芳PA,高坂SAと休憩しつつ,東村山ICで降りて,熊谷駅に向かった.

温泉は非常に大きくて,露天風呂,庭園,岩盤浴,足湯などもあり,非常に満足であった.

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風呂上がりのビールを一杯いきたいところだったが,運転しなければいけないので我慢した.

帰りは,国道17号線をずっと走り,与野入口から首都高速池袋線に入り,中央環状線を通って帰宅した.

帰宅後,お酒を飲み,運転の疲れからか寝落ちした.

日記 2018/05/04

今日は10時頃に起きた.

13時に,フォロワーのじきゅう君が東京に来ているということで,新宿のつばめグリルにランチを食べに行った.

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その後は研究室に行き,文献購読のスライドを95%完成させた.

その後帰宅し,お酒などを飲み,タバコなどをくゆらせ,今に至る.

明日は温泉に行く予定があるので楽しみだ.早めに寝ることにする.